小林秀雄『 平家物語』

平家物語

 1「先がけの勲功立てずは生きてあらじと誓える心①生食知るも」 これは、『平家物語』を詠じた②子規の歌である。名歌ではないかもしれないが、子規の心が、『平家物語』の美しさの急所に鋭敏に動いた様が感じられ、」2詩人がどれくらいよく詩人を知るか、その見本のような歌と思われておもしろい。

 『平家』の中の合戦の文章はみないいが、③宇治川先陣は、好きな文の一つだ。④『盛衰記』でもあのあたりは優れたところだが、とても『平家』の簡潔な、3底光りがしているような美しさには及ばぬ。同じ題材を扱い、4こうも違うものかと思う。読んでいると、子規の歌が決して5佐々木四郎の気持ちというような曖昧なものを詠じたのではないことがよく分かる。6荒武者とかん馬との躍り上がるような動きを、」はっきりと見て、それをそのままはっきりした7音楽にしているのである。なるほど、⑤佐々木四郎は、先がけの勲功たてずば生きてあらじ、と頼朝の前で誓うのであるが、その調子には少しも悲壮なものはない、もちろん感傷的なももない。8傍若無人な無邪気さがあり、気持ちの良い無頓着さがある。人々は、「9あっぱれ荒涼な申しやうかな。」と」言うのである。10⑥頼朝が四郎に生食をやるのも気まぐれ11にすぎない。無造作にやってしまう。 もっともらしい理由なぞいろいろ書いている『盛衰記』に比べると各段である。「⑦金覆輪の鞍置かせ、小総の⑧しりがいかけ、白轡なげ白泡かませ、⑨舎人あまたついたりけれども、なほ引きもためず、躍らせてこそいで来たれ。」これはまた佐々木四郎の12いでたちでもある。⑩源太影季これを見て、佐々木と刺し違え、「13よき侍二人死んで、⑪鎌倉殿に損取らせ奉らん」と、14とんだ決心をアッと思う間にしてしまうのもなかなきょい。佐々木から、盗んだ馬と聞かされると、「⑫ねったい。」と大笑いしてさっさと行ってしまう。まるで15心理が写されているというより、16隆々たる筋肉の動きが写されているような感じがする。事実、そうにちがいないのである。このあたりの文章からは太陽の光と人間と馬の汗とが感じられる、そんなものは少しも書いてないが。 



25 何か。

6 解答

一 1 いまよう 2 あいちょう 3 子細 4 たいらのしげもり 5 むじゅんどうちゃく 

  6 不徹底 7 推 8 じょじしじん 9 げんぽん 10 ぞくほん 11 るふぼん

  12 惑 13 えんせい 14 えんじん 15 意匠 16 還元   

二 1 今様うた。

2 人々が、平家が仏教の無常思想で書かれていると信じ込んでいること。

3 『平家』のあの1様風の哀調。4 『平家』の作者の思想なり人生観なりが、そこにある。

5 もったいぶっている。もっともらしい。 6 特に大切なこと。

7 清新さがなく平凡であること。 8 物事のつじつまが合わないこと。

9 ばかばかしくて話にならない。10 類推する。

11 『平家』の作者は優れた思想家ではないということ 12 「無常の思想」

13 (1)わけ。(2)『平家』が無常思想などと言う思想でぬりつぶされた観念的な作品にならなかっ

た。

  14 「詩魂が動いていた」 15 流布本 16 世俗に流布している書籍。17 おいはらうこと。

  18 『平家』の哀調を否定しているのでなく、そういう平家観に反論している。

  19  (1)『平家物語

 (2)長調=明るい感じ。ドレミファソラシド。例 カンツオーネ。

    短調=暗い感じ。 ラシドレミファソ。 例 シャンソン。 

 (3)『平家物語』の哀調は短調という暗い響きで作られていることに原因があると言うこと。

  20 人間嫌い。 21 この世、人生をいやなものに思うこと。22 工夫を巡らすこと。

  24 自由に操る。

  25 『平家』の人々の姿に象徴的に表された人間の行動や感情の動きのこと。

  23  

S1        V1 

鎌倉の文化も風俗も 手玉に取られ、

S2

人々はそのころの風俗のままに諸元素のような

           V2         V2

変わらぬ強いあるものに還元され、自然のうちに織り込まれ、

V3                     V3

僕らを差し招き、真実な回想とはどういうものかを教えている。

S3

(『平家』)という作品は)

構成

1 

4 

子規の歌

宇治川の先陣

佐々木の誓い

頼朝=馬をやる

梶原の反応

宇治川の情景描写

先陣

畠山の渡河

大串「徒歩立ちの先陣」

小宰相の自殺

作品

項目

平家の美しさ←子規の心

無邪気さ 無頓着さ

無造作

生食=躍り上がる

隆々たる筋肉の動き 

水の音・冷たさ

ひと筆で述べる

勇気と意思 健康と無邪気

敵味方大笑い

笑い 泣く 自然児

小宰相=自殺の決意

    真の自然をとらえる

    真の月を見る

月並みな口を利く

叙事詩人の伝統的な魂

信じた詩魂

筆者の肯定する事項

悲壮 感傷

『盛衰記』に理由

心理

いたずらに泣く

目にうつる自然 

感傷 風流

目に見える月

(例)基角の月

『平家』の哀傷

思想 思想家 当時の思想

仏教思想 無常思想

筆者の否定する事項

主題 『平家物語』は、叙事詩人の伝統的詩魂によって人間の自然な行動や感情が自由に描かれている。

筆者 1902~1983年

   評論家 

文学・音楽・絵画などにまたがる多彩な評論活動によって近代批評に一時期を画した。

『詩小説論 』『ドストエフスキーの生活 』『無常といふ事 』『 モツァルト』

『考へるヒント 』『本居宣長 』

平家物語」1942年(昭和17)雑誌「文学界」に発表。

*(2)(3)(4)と『「いき』の構造』(九鬼周蔵)、川端康成囲碁の研究は、戦前戦中の文章になる。言論弾圧の中、彼らは日本の真髄について書いた。