内田聖子ー竹中平蔵のポリシー・スクール

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2014年1月8日 国家戦略特区をどう活かすか①
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日本経済研究センター研究顧問 竹中平蔵
 2013年、日本の株価は57%上昇し、米国(27%)、ドイツ(25%)、英国(14%)、香港(3%)を大きく凌ぐ結果を残した。しかし2014年、アベノミクスは2年目の試練を迎える。特に、岩盤規制といわれる強固な規制を突き破るような改革の方向は、まだ見えない。そうしたなかで、規制改革の突破口としての「国家戦略特区」の役割が、極めて重要となっている。幸い、昨年の臨時国会終盤ギリギリの12月7日、この法律(国家戦略特別区域法)が成立し、12月13日に公布・施行された。以下ではあらためて、この国家戦略特区という仕組みがどのような経緯で生まれ、どのような内容・意義を持っているのか、またこれを最大限活用し運用するためにいかなる点が重要になるのか、今回と次回、2回にわたって考えたい。

岩盤規制改革の突破口

 残念ながら日本の規制緩和は、世界の水準から大きく後れを取っている。世界銀行から公表されている企業の「規制環境」に関するランキングによると、日本は2000年時点で世界の40位にあった。その後2000年代前半に改革を進めたことによって、2006年には28位まで上昇。しかしその後、「行き過ぎた規制緩和」という批判が展開され、その結果2011年の日本のランキングは47位にまで後退した。日本の状況は、近隣アジア諸国シンガポールや香港、台湾、韓国にも大きく見劣りしている。同様のランキングはウォール・ストリート・ジャーナルやヘリテッジ財団からも公表されているが、それによると日本は、規制環境でマレーシアにも後れを取っている。

 日本の規制緩和が進まない最大の要因は、いわゆる「岩盤規制」と言われるような強固な規制が存在することだ。もう10年も20年も前から、多くの人々が合理的根拠に欠ける規制であると指摘してきたにもかかわらず、既得権益者が強力な政治力を有しそれを駆使するために、一向に前進が見られない規制である。専門家によって数え方は異なるが、概ね10ないし20の規制項目が念頭に置かれている。

 このような状況を踏まえ、筆者が経済財政政策を担当していた2002年、経済財政諮問会議の場で規制改革に関する一つの政策を提案した。特定の地域に限って規制緩和を行うという「構造改革特区」の提案だ。この政策は当初、それなりの成果を挙げたが、次第に改革へのモメンタム(勢い)が低下していった。

 また近年の特区は、特区本来の目的である規制改革が忘れられ、安易な補助金などに頼る傾向が見られるようになった。特区担当部局の資料によると、近年はそもそも地方からの特区申請自体が119件に絞られたうえ、国と地方の協議に管理職クラスが参加したのはわずか3ケースしかなかった。また、国と地方が合意した件数が60あったとされているが、このうち「現行制度でできるはず」というケース、すなわち実質的な“門前払い”が55件あったという。

 こうした状況を受けて今回、従来とは次元の異なる特区を設けることになった。総理が、国家戦略としての特区を進めるという仕組みだ。この枠組みは、2013年4月17日の産業競争力会議で筆者が提案したものだが、各方面の協力を得て、ほぼ原案通りの法律案が秋の臨時国会に提出され、成立した。成長戦略としては、一つの成果と言える。

区域会議と諮問会議

 それでは具体的に、国家戦略特区はどのような仕組みなのか。まずその目的について、法律(国家戦略特別区域法)の冒頭に次のように記述されている。

「・・・経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点を形成することが重要であることに鑑み、国家戦略特別区域に関し、規制改革その他の施策を総合的かつ集中的に推進するために必要な事項を定め、もって国民経済の発展及び国民生活の向上に寄与することを目的とする・・・」

 すなわち規制改革の突破口としての役割を担い、構造改革・規制改革を進めるという主旨が明確にされている。その上で既述のように、特区の作り方そのものを根本的に変えること、それを総理主導で行うことが定められている。

 具体的に重要な点として、まず総理に命を受けた特区担当大臣、地方の首長、そして民間企業などで、特区ごとに「区域会議」が設けられる。この区域会議が全権をもって、やるべき規制改革などを決めることになる。区域会議は、例えばニューヨークのポート・オーソリティのような存在で、いわばミニ独立政府だ。特区制度が成果をあげるかどうかの第一の関門は、この区域できちんとした効果の上がる計画(区域計画)を作成できるかどうかである。この点に関し法律は、区域計画の作成に当たっては、「構成員が相互に密接な連携の下に協議したうえで、特区担当大臣、関連する地方の首長、その他の関係者全員の合意による」ことが定められている。法律論上は難しい点を含んでいるが、区域会議のメンバーに対し、連携の上協議するという”努力義務”が課せられた点が大きい。

 戦略特区を総理主導で実効性のあるものにするため、今回の制度ではもう一つの工夫がなされている。それは、特区の指定や基本方針の決定、さらには関連する必要事項を審議するための「特区諮問会議」(国家戦略特別区域諮問会議)が設けられることだ。これは総理を議長とし、構成員10名以内で作られるものであり、かつ法律で正式に定められた会議である。

求められるスピード感

 しかしながら、こうした制度的枠組みを作るに当たってのプロセスは、決して平坦な道ではなかった。関係者の話を総合すると、当初の案では特区諮問会議が法定の会議になっていなかったり、また法律の目的に構造改革もしくは規制改革といった重要項目が十分記述されていなかったり、少なからず問題があったという。こうした点が、与党(自民党)の法案審査のプロセスで是正されていった。一般に、内閣作成の法律案が与党のプロセスでトーンダウンされることが多いと言われる中で、特区法案に関しては逆のことが生じた点は興味深い。

 いずれにせよ、1月からいよいよ特区諮問会議が始動し、国家戦略特区は構想から実施の段階に移る。筆者も諮問会議メンバーとして参加する。その際、全国一律に規制改革するには時間がかかるから、まず特区でこれを行うという主旨を忘れてはならない。特区だからこそ、スピードを重視した実行が何より重要なのである。2002年の構造改革特区では、ほぼ半年ごとに規制改革項目が閣議決定され、ほぼ毎年通常国会で法律改正が行われた。構造特区を超える特区にするためにも、今年の通常国会に新たな規制改革事項を絞り込み、法改正することが期待される。

(2014年1月8日)


日本経済研究センター 研究顧問)

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2014年2月12日 国家戦略特区をどう活かすか②
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日本経済研究センター研究顧問 竹中平蔵
 今回も、前回に続いて「国家戦略特区」の問題を取り上げたい。

 私の友人でもあるA・フェルドマン氏は、「特区は良いアイデアだが、すごく良いアイデア、ということではない」とコメントしている。議論の本質を的確に捉えていると思う。規制改革を全国レベルできちんと行うことができれば、それがベストである。しかし、規制に守られて大きな既得権益を持つグループが、強い政治圧力をかけてそれを阻もうとする。そうしたなかで、とりあえず特区で先行的に規制改革を実施する、というのが今回のアイデアだ。したがって、あくまでセカンド・ベストの政策である。しかし、セカンド・ベストの政策に頼らざるを得ないほど、日本の規制改革は世界に比して遅れてきた。

規制改革項目の法定

 前回の議論のポイントは、主に2点あった。第一は、規制改革の遅れを挽回すべく2002年から特区(構造改革特区)の仕組みが作られ、一定の成果を挙げた。しかし近年は次第に改革への政治的モメンタム(勢い)が低下し、十分な役割を果たせなくなったことだ。第二は、今回の国家戦略特区は従来と異なり、特区ごとに作られる「区域会議」と、それをスーパーバイズする「特区諮問会議」(議長は内閣総理大臣)が設けられるという点である。すでに特区諮問会議は2度の会合を開き、運用の指針となる基本方針の審議を終えている。3月上旬には、いよいよ具体的な特区の指定が行われることが期待されている。 

 この国家戦略特区の法律は昨年12月に臨時国会で成立したものだが、規制改革の突破口とするために、具体的な規制改革項目が示されている。つまり、特区に認定された区域の計画に基づく事業に関し、規制の特例措置(可能な規制改革事項)をあらかじめ定めたのである。一般に、特定の項目を規制改革せよ、と主張するのは容易だ。しかし、主張だけでは事態は一向に前進しない。かつて小泉内閣時代の総合規制改革会議(宮内義彦議長)では、各項目について規制を実施している担当省庁と丁々発止のやりとりをし、これを理論で追い詰めて規制緩和を勝ち取った。こうした作業は非常に骨の折れる仕事であり、かつ極めて高い専門的な知見が求められる。現在の規制改革会議が精彩を欠くのは、まさにこうした知見と問題意識が不足しているからだと言われている。

 国家戦略特区の準備に当たっては、すでに昨年5月9日の時点で専門家によるワーキング・グループ(WG、主査:八田達夫大阪大学招聘教授)が設置され、規制緩和について各省との折衝が行われた。このような進め方自体、政策上のイノベーションということができる。その結果、14の岩盤規制項目について緩和を進めることがすでに合意され、必要な法律事項について今回の特区法に明記されたのだ。

 例えば特区では、容積率・用途等土地利用規制の見直しが可能になる。公立学校運営の民間への開放(公設民営)も進められる。また、病床規制の特例により、病床の新設・増床の承認も期待される。いずれも、これまでは岩盤規制と考えられてきた項目だ。特区の枠組みを積極的に活用しこれらの規制緩和が先行的に進めば、日本経済の景色を変えることが可能になる。問題は、これが本当に強い政治的リーダーシップの下で進められるかどうか・・・。

 そうしたなか、総理の「ダボス公約」という追い風が吹いたのである。

ダボス公約という追い風

 今年も1月末に「ダボス会議」、正確に言えば世界経済フォーラムの年次総会が開かれた。国家元首クラス約50名を含む世界の経済リーダー約2500名が集まったが、今年の会議は日本にとって特別なものとなった。ダボス会議44年の歴史の中で、はじめて日本の総理大臣がオープニングの基調講演に招かれたのである。

 そうした機会を巧みに捉えて、安倍総理は世界の経済リーダーたちの前で力強いスピーチを行った。具体的に総理は、「TPPが安倍内閣の中心政策であること」「法人税率を国際競争可能な水準に引き下げること」「女性活用が輝く国にするために外国人労働の活用を行うこと」など、多くの注目を集める発言を行っている。とりわけ注目されるのは、特区に関し「これから2年、どの既得権益者も私のドリルから逃れられない」と述べたことだ。これは、特区を活用し2年ですべての岩盤規制に突破口を開く、ということを意味していよう。早速特区諮問会議では民間議員ペーパーの形で、いわゆる岩盤規制とみなされる約20の規制項目が掲げられた。これらのなかには、農業生産法人の要件見直し、混合診療の解禁、労働時間規制の見直し、などが含まれている。もしも2年で、これら規制項目に何らかの突破口が開かれれば、規制改革は大きく前進することになる。

 いわゆる議員内閣制の下では、政府・与党は一体になって政策を決定することが求められる。具体的に、政府の最高意思決定機関である閣議の決定に先立って、与党の了承(自民党で言えば総務会決定)が必要になる。総理主導の政策決定が必要としばしば指摘されるが、与党の合意を得るプロセスで政治的な妥協を余儀なくされることが少なくない。しかし、総理がダボス会議などの国際会議で行うスピーチに関しては、事前に与党の了解を得るというプロセスは求められていない。従って、ダボス会議のスピーチで総理は、思い切った意見陳述を行ったのである。しかし総理大臣が世界の経済リーダーの前で行ったスピーチである以上、実質的に公約としての性格を持つ。このダボス公約を、政府与党が一体となって実現させるよう努力することが、いままさに期待されるのである。戦略特区に、ダボス公約という追い風が吹いたことになる。

 国家戦略特区の枠組みをどれだけ前向きかつ迅速に活用するか・・・。アベノミクスにとってもまた日本経済再生にとっても、正念場である。

(2014年2月12日)


日本経済研究センター 研究顧問)

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