なぜ日本で急に「水道民営化」の話が進んだのか


なぜ日本で急に「水道民営化」の話が進んだのか

2020/4/ 5

 少し前に水道民営化が話題になった。促進する法案も成立した。しかし、問題点を指摘する報道も少なからずあった。世界的にはむしろ揺り戻しが来ているということをアピールしているのが本書『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(集英社新書)だ。欧州事情を軸に、日本ではあまり知られていない水道民営化にまつわる市民レベルの取り組みなどが詳細に報告されている。

オランダのシンクタンク研究員
 水道民営化についてネットで検索すると、頻繁に出てくるのが本書の著者、岸本聡子さんの名前だ。1974年生まれ。2003年から、アムステルダムを本拠地とする政策シンクタンクNGOトランスナショナル研究所」に所属している。新自由主義市場原理主義に対抗する公共政策や水道政策のリサーチ、および世界中の市民運動自治体をつなぐ役割もしている。共著に『安易な民営化のつけはどこに』などがある。

 この略歴からも分かるように、岸本さんは欧州を拠点にしているシンクタンク研究員。しかもNGO。日本人では珍しい存在といえる。日本でシンクタンクといえば、財閥系を筆頭に政府や大企業などの別動隊のニュアンスが強いが、岸本さんは違うようだ。

 岸本さんが属する「トランスナショナル研究所」は2015年に、世界の水道の再公営化の事例がいくつあるかを調査した。その目的の一つは、世界銀行グループの調査に対抗することだったという。世界銀行は、水道事業の民営化など、PPP(官民連携、公共サービスの運営に民間を参画させる手法)プロジェクトがどれだけ広く採用されているかのデータベースを作って情報発信する立場。したがってその逆の流れ、「再公営化」が実際には目立っていることをデータで示そうと試みた。

 その結果、15年の調査では世界の235の水道事業が再公営化、17年の調査では267、19年には311自治体に増えていることが分かった。

拠点のパリを失う
 水道事業の民営化は、世界的には1980年代から始まっている。中心となったのはフランス。2001年の段階では総人口の約72%が民間企業による上水道サービスを受けていた。ところがその割合は2016年には60%にまで下がっている。

 世界の「水メジャー」の代表といわれるヴェオリア社とスエズ社の本社はパリにある。ともに19世紀半ばの創立。フランス第二帝政の時代に上下水道網や公共給水栓、清掃用の散水システムなどの都市インフラ作りを担当し、清潔で美しい都市づくりに貢献してきた。パリ市は1985年、シラク市長の時代に両社と25年間の契約を結び、水道の民営化をしていた。

 ところが、パリの水道料金は民営化以降の25年で、265%も値上がりした。この間の物価上昇率は70.5%だった。市は見直し作業を行い、2010年、再び水道を公営化した。

 岸本さんたちの調査によると、フランスでは2000年から09年までの10年間に再公営化が33件あった。それが、10年のパリの再公営化を大きな節目として激増、19年までの10年間で76件にのぼる。

 創業の地であり、本社もあるパリでのビジネスを失った「水メジャー」。近年、とつぜん日本で水道民営化の話が浮上することになったのは「新しい市場」として狙われたのではないか、と岸本さんは指摘する。

水道問題が濁っている
 ちなみに、日本での水道民営化には不透明な話が付きまとう。本書では、公共事業の民営化を担当する内閣府の「民間資金等活用事業推進室」(別名『PPP/PFI推進室』)に水メジャーヴェオリア日本法人の社員が出向していたことがわかり、国会でも問題になったことを指摘している。推進室での議論が、同社に筒抜けになっていたのではないかと疑問を呈す。

 改正水道法の骨格作りをしていた福田隆之官房長官補佐官が、国会での法案審議中に辞任するという不可解な出来事もあった。視察先のフランスで、ヴェオリア社やスエズ社から接待を受けていたのではないかという怪文書が出回っていたという。「水問題」を扱っているにもかかわらず、あちこちが澱んでおり、臭気が漂う。福田氏に関する問題は、BOOKウォッチで紹介した森功氏の『官邸官僚』(文藝春秋)でも指摘されていた。

 堤未果さんの『日本が売られる』(幻冬舎新書)によれば、企業に運営権を売った自治体は、地方債の一括繰り上げ返済の際に、利息を最大で全額免除されるという「特典」がある。財政難の自治体にとっては有難い。短期的に成果を上げたい首長の場合、どうしても「売却」に前のめりになるといえそうだ。

ミュニシパリズムが広がる
 本書は以下の構成。とりあえず水道事業に関する部分を紹介したが、新しい欧州の市民運動の動きを知るという意味でも興味深い内容だ。

 1章 水道民営化という日本の危機
 2章 水メジャーの本拠地・パリの水道再公営化
 3章 資本に対抗するための「公公連携」
 4章 新自由主義国・イギリスの大転換
 5章 再公営化の起爆剤市民運動
 6章 水から生まれた地域政党バルセロナ・イン・コモン」
 7章 ミュニシパリズムと「恐れぬ自治体」
 8章 日本の地殻変動
 上記のような「再民営化」の大きな力になっているのが、市民たちの運動だという。すでにそれらの動きに関連して、「ミュニシパリズム」や「フィアレス・シティ(恐れぬ自治体)」などという新しい用語もできているそうだ。

 「ミュニシパリズム」は、自治体を意味するミュニシパルに由来している。「利潤や市場のルールよりも、市民の社会的権利の実現」をめざすという運動だ。アウトソーシングされた公共サービスが、支払ったコストに見合う内容を実現しているか点検する動きなどが含まれる。

 最終章では日本の現状についてもいろいろ報告されている。岸本さんは「問題の核心は、国民の財産を投資家に売り飛ばし、人々の公共財(コモン)であるはずの『命の水』を儲けの対象として許してしまうシステムにある」と強調している。本書は、各地の自治体関係者や住民運動に取り組んでいる人にとって大いに参考になるのではないか。

 BOOKウォッチは関連で、『水道が危ない』(朝日新書)、『公共図書館運営の新たな動向』(勉誠出版)、『水運史から世界の水へ』(NHK出版)なども紹介している。

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書名
サブタイトル
欧州・水の闘いから日本が学ぶこと
監修・編集・著者名
岸本聡子 著
出版社名
集英社
出版年月日
2020年3月17日
定価
本体820円+税
判型・ページ数
新書判・224ページ
ISBN
9784087211139
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