『様々なる意匠』について。

小林秀雄の『様々なる意匠』について話そう。(1)

コロナ禍の中で 、いよいよ大学の講義も始まりそうです。ただし、今年の講義は、教師と学生が教室で顔を突き合わせるという対面式講義ではなく、Googleのアプリclassroomやmeetを使った、前代未聞の「ONLINE講義」という形で、始まりそうです。通信教育や予備校、あるいは会社の会議などでは、既に、やっていたのかもしれませんが、Googleのclassroomやmeetというのは、私も、初めてですので、良くわかりませんが、ネットの世界は、それなりに熟知しているつもりですので、一先ず、大学側の案内通りにやってみようと思います。以下は、そのための「講義ノート」の一部です。私は、普段は、「講義ノート」など作らず、頭の中を整理しただけで、ぶっつけ本番で、やっていましたが、今回は、そういうわけにはいかないようです。やはり「講義ノート」のようなものが必要のようです。私は、普段から、学生用の講義と、一般向け、あるいは一部の専門家向け、というような区別を、一切、していません。だから、ここで、作製中の「講義ノート」を公開します。私は、毎年 、前期は、「小林秀雄」について講義していますが、その中でも、小林秀雄のデビュー作『様々なる意匠』について、テキストにそって講義しています。学生たちが、理解出来ようと出来まいと、お構いなしで、話を進めていますが、後でレポートを見てみると、大部分の学生は、理解出来ているようです。むろん、理解出来ていることと、それを自分たちの文学活動で、具体的に実践できるかどうかという問題は別ですが・・・。さて、小林秀雄の『様々なる意匠』は、文芸評論の分野で重要なテキストであるのみならず、思想、哲学 、社会科学、自然科学・・・を通じても重要なテキストです。既に御承知のように、『様々なる意匠』の冒頭に、アンドレ・ジッドの言葉が引用されています。「・・・」
(続く)


小林秀雄の『様々なる意匠』について話そう。(2)

小林秀雄は、デビュー作『様々なる意匠』の冒頭に 、エピグラムとして、

『 懐疑は、おそらく叡智の始めかも知れない。しかし、叡智の始まる処に芸術は終るのだ 』

というアンドレ・ジィドの言葉を引用しています。小林秀雄が 、懸賞応募論文であり、デビュー作ともなる論文の冒頭に「エピグラム」として掲げた言葉だけに、単なる「飾り」ではありません。私は、この論文全体を象徴する深い意味があると思います。では、このアンドレ・ジィドの言葉には、どういう深い意味が隠されているのでしょうか。ここで、アンドレ・ジィドは、二つのことを言っています。『 懐疑は、おそらく叡智の始めかも知れない。』ということと、『 しかし、叡智の始まる処に芸術は終るのだ。』ということの二つです。まず、前者の説明から。そもそも、アンドレ・ジイドの言う「懐疑」と何であり、「叡智」とは何でしょうか。

小林秀雄の『様々なる意匠』について話そう。(3)

「懐疑」とは、「疑うこと」や「疑問を持つこと」です。懐疑には、明確な理由や原因はない。「直感」や「感受性」に近い。これに対して「叡智」とは、「知性」や「教養」「知識」「学問」・・・などであろう。つまり、合理根拠に基づく思考とその成果の集合体・・・。
《 懐疑は、おそらく叡智の始めかも知れない。》
と、アンドレ・ジイドが言うのは、誤解を恐れずに言えば、「疑うことが学問の始まりだ」と言うようなことでしょう。ここで、重点は、「叡智」より「懐疑」の方にあります。つまり、アンドレ・ジイドも小林秀雄も、明らかに、「懐疑」を重視しています。何か疑問を持つこと、「あれ?」「変だな?」「何かおかしいぞ!」と、意味や原因や理由は明確ではないが、それ故に、合理的根拠はないが、素朴な疑いの感情を持つことこそが、重要だと、言っているように見えます。そこで 、後半の文章が生きてきます。
《しかし、叡智の始まる処に芸術は終るのだ 。》
この文章は、またまた、誤解を恐れずに言えば、こういうことではないでしょうか。「学問や教養の始まる処に芸術は終わる」ということです。つまり、「芸術や文学は、学問や教養とは違う」ということです。アンドレ・ジイドも小林秀雄も、《 しかし、叡智の始まる処に芸術は終るのだ》という言葉で、「芸術自立宣言」「文学自立宣言」を行っていると言うことが出来ます。言い換えれば、芸術や文学の本質、あるいはその存在根拠は、「叡智」ではなく、「懐疑」にあるということでしょう。叡智が出来上がった学問の総体だとすれば、その学問の総体の根拠を疑い、学問の総体に「異議申し立て」をするのが「懐疑」であり、その「懐疑の精神」こそが、アンドレ・ジイドうや小林秀雄の言う「芸術」であり「文学」だということでしょう。これが、小林秀雄のデビュー作『様々なる意匠』の根本思想であるだけでなく、小林秀雄の批評家人生の根本思想でもありました。では、次に『様々なる意匠』の本文を読んで行きましょう。小林秀雄は、冒頭から謎めいた文章の断片を、次々と書き連ねていきます。
(続く)

小林秀雄の『様々なる意匠』について話そう。(4)

小林秀雄は、『様々なる意匠』という「改造社」が募集した懸賞応募論文に、それまで蓄積していた文学的教養や経験を総動員して、精魂を傾けて書き上げ、しかも、一等当選を確信していたということです。結果は、宮本顕治(後の共産党議長)の『 敗北の文学(芥川龍之介論)』が一等で、 小林秀雄の『様々なる意匠』は二等でした。昭和4年のことでした。宮本顕治の『 敗北の文学』が一等になったことが象徴するように、当時はマルクス主義全盛の時代でした。小林秀雄の『様々なる意匠』は、二等になったといえ、自信作であり問題作に違いはありません。雑誌「改造」に掲載されると、様々な反響を呼んで、「小林秀雄」という名前は、あっというまに、文壇や論壇で 注目を浴び、翌年、文芸春秋5月号から「文芸時評」の連載が始まると、まさに「時の人」となりました。こうして、「批評家・小林秀雄の誕生」という文学史上の新しいドラマが始まるのです。では、その『様々なる意匠』の本文を見てみましょう。こういう文で、始まります。
《吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない。》
「世に一つとして簡単に片付く問題はない」とは 、どういう意味でしょうか。なるほど、世の中には解決困難な問題も、解決不可能な問題もあるでしょう。しかし、小林秀雄は、そんなことは言っていません。あらゆる問題が解決困難であると言っています。しかし、むろん、世の中には、解決可能な問題も、簡単に片付く問題もあるはずです。では、小林秀雄は、ここで、何が言いたいのか。小林秀雄が、冒頭の文を、いい加減な気持ちで書くはずがありません。おそらく、何か深い意味があるのでしょう。実は、小林秀雄は、これに続く文章を読むと分かるように、言語と思考に関わる「言語論」を論じているのです。

小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう(5)。
小林秀雄は、『様々なる意匠』の冒頭の文を、《吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない。》という挑戦的な文で始めて、それに続けて、こう書いています。小林秀雄が、このデビュー作で、何を問題にしようとしているかが、朧げに見えてきます。
《 遠い昔、人間が意識と共に与えられた言葉という思索の唯一の武器は、依然として昔ながらの魔術を止めない。 》

《 劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく、崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない。しかも、もし言葉がその人心眩惑の魔術を捨てたら恐らく影に過ぎまい。》

実は、高校時代から、小林秀雄を愛読、熟読してきた私にとって、ここが、もっとも難解な、解読不可能な部分でした。特に、《 劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく、崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない。》という部分が・・・。いずれにしろ、ここで、小林秀雄は、「人心眩惑の魔術」を発揮する「言葉」というものを問題にしようとしています。小林秀雄が、『様々なる意匠』で、提起した問題は、言葉の問題、つまり、「言語論」なのだということが分かります。小林秀雄jは、「思索する唯一の武器」としての「言語 =言葉」を問題にします。つまり、人間は、言語=言葉を使って思索する。しかし、その言語=言葉は、人間の思い通りに、自由気侭に操れる道具ではない、というのが小林秀雄の重要な言語観です。「人心眩惑の魔術」とは、そういうことです。ここから、人間は、主体的に、自由に、「考える」のではなく、言語に、その「人心眩惑の魔術」をかけられて、「考えさせられる」のだという思想が出てきます。「考える」のではなく、「考えさせられる」・・・。考えることの難しさ・・・。

(続く)

小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう。(6)

私は、小林秀雄の『様々なる意匠』を読もうとして、冒頭のエピグラムや2、3行の文に、こだわっています。むろん、こだわらなければならない価値があるからです。多くの小林秀雄の研究家や読者たちは、ここを簡単に片付けて、分かった振りをして、先へ進んでいきますが、私は、そうしません。なぜなら、ここに、小林秀雄の批評の真髄があるからです。続きを読んでいきましょう。小林秀雄は、次に、こう書いています。

《私は、ここで問題を提出したり解決したりしようとは思わぬ。私はただ世の騒然たる文芸批評家等が、騒然と行動する必要のために見ぬ振りをした種々な事実を拾い上げたいと思う。 私はただ、彼等が何故にあらゆる意匠を凝らして登場しなければならぬかを 、少々不審に思うばかりである。》
明らかに、小林秀雄の目の付け所は、小林秀雄以前の文芸批評家たちとは違います。何が違うのでしょうか。小林秀雄は、それ以前の文芸批評家たちが提起した「問題」に興味がないと言っています。そして、小林秀雄が興味があるのは、「文芸批評家そのもの」であり
文芸批評家等の「意匠」です。小林秀雄は、文芸批評家たちが、「意匠を凝らして登場しなければならない」という状況を批判します。小林秀雄自身は、自分は、「意匠」を必要としない 、と言っているのでしょう 。「意匠」に頼らない思考、それが「存在論的思考」です。逆に「意匠(イデオロギー)」に頼る思考は、「イデオロギー的思考」です。小林秀雄の『様々なる意匠』は、ぜんたいてきにみれば、マルクス主義批判が大半を占ています。マルクス主義批判はイデオロギー的思考への批判です。小林秀雄は 、マルクスは批判しません。マルクス主義者を批判します。マルクスは「存在論的思考」の人ですが、マルクス主義者たちは、イデオロギー的思考の人たちだからです。

《 注。以下は、学生のための「講義ノート」(「小林秀雄研究」)の一部です。興味のない方は、飛ばしてください。》

小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう(7)。

小林秀雄は続けて、こう書いています。

《私には常に舞台より楽屋の方が面白い。 》

小林秀雄は、文学者や文芸批評家たちの議論する「問題」に、まったく興味も関心も持ちませんでした。逆に、小林秀雄が興味と関心を持ったのは、文学者や文芸批評家という「存在そのもの」でした。小林秀雄と、それ以前の文芸批評家たちとは、問題意識が 、まったく異なっていたのです。それを表すのが、この《 私には常に舞台より楽屋の方が面白い。》という言葉です。小林秀雄は「舞台」より「楽屋」が面白いと言います。「舞台」とは、役者や演奏家などが、一生懸命 、練習や研究を続け、舞台演出や舞台化粧を施し て 、その成果を発表するところです。小林秀雄は、それが面白くない、と言います。何故でしょうか?何故、楽屋が面白いのでしょうか。普通は、楽屋は見せるものではありません。着替えをしたり、化粧をしたり、打ち合わせをしたり、発声練習をしたり、大混乱しているところです。小林秀雄は、出来上がった舞台という作品よりも、その混乱した楽屋に興味を持つと言います。出来上がった完成品より、今まさに作り上げていこうとする舞台作りのプロセスが面白い、と言っているように見えます。つまり、こういうことではないでしょうか。たとえば、文芸批評家たちが、やっている文学作品の分析や解説、研究より、その文芸批評家が、どういうプロセスで文芸批評家になったのか、あるいは 、どういう理由と根拠から、文芸批評家になったのか、ということに関心があるということでは、ないでしょうか・・・。さて、その続きを、こう書いています。
《 このような私にも、やっぱり戦略は必要だとするなら、「搦手から」、これが私には最も人生論的法則に適った戦略に見えるのだ。》
「搦手(からめて)から」・・・。これは、城を攻めるような時、正面から、攻めるのではなく、横や後から、つまり意外な方向から、攻め立てることです。小林秀雄は、自分の方法が 、小林秀雄以前の文芸批評家たちから見れば、まったく意外な、常識はずれの方法だと認識していました。だから、当時、高等学校の生徒で 、後に「文芸批評家」になった本多秋五の眼には 、「変な奴」と見えたのでした。この「変な奴」(小林秀雄)が、日本近代文学史に、革命的な事件 、つまり、「近代批評の誕生」をもたらしたのです。


小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう。(8)

私は 、これまで、『様々なる意匠』の冒頭部分の数行の文を読んできました。小林秀雄の文は、散文というより「詩的散文」「哲学的散文」という感じですので、一文一文が、かなり難解で、分かりやすい文ではありません。言い換えれば、読み応えのある、骨太な文です。私は、分かっても分からなくても、まず読んでみることが必要だと思います。「読書百遍、意自ずから通ず・・・」とか「読書百遍義自ずからあらわる」という奴です。さて、ここで、これまで読んできた冒頭の文を 、もう一度、読み返しておきましょう。
〓〓〓〓以下引用〓〓〓〓
《吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない。》

《 遠い昔、人間が意識と共に与えられた言葉という思索の唯一の武器は、依然として昔ながらの魔術を止めない。 》

《 劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなくv、崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない。しかも、もし言葉がその人心眩惑の魔術を捨てたら恐らく影に過ぎまい。》

《私は、ここで問題を提出したり解決したりしようとは思わぬ。私はただ世の騒然たる文芸批評家等が、騒然と行動する必要のために見ぬ振りをした種々な事実を拾い上げたいと思う。 私はただ、彼等が何故にあらゆる意匠を凝らして登場しなければならぬかを 、少々不審に思うばかりである。》

《私には常に舞台より楽屋の方が面白い。 》

《 このような私にも、やっぱり戦略は必要だとするなら、「搦手から」、これが私には最も人生論的法則に適った戦略に見えるのだ。》

(小林秀雄『様々なる意匠 』「1」より)
〓〓〓〓引用終了〓〓〓〓

以上が、『様々なる意匠』の冒頭部分の文の全部です。「1」というノンブルのついた文です。なんべんでも読み返してみてください。さて、ここで、私は、朝の散歩に行ってきます。


小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう(9)。

今日は、ちょっと脇道へそれますが、小林秀雄という、芸術的にも哲学的にも、世界的に見ても傑出した「天才的頭脳」 の持ち主に対して、一貫して批判的、冷笑的な人々について触れてみます。私の知る限り、その典型的な人物の一人に丸谷才一がいます。ほかにも、加藤周一西部邁立花隆小谷野敦橋本治浅田彰・・・等がいます。浅田彰(京大卒)を除いて全員が東大卒というのが笑えます。さらには、左翼・リベラル派の文化人も大多数が、この部類です。彼等の言い分は、共通しています。小林秀雄の文が読めないし、理解できない。理由は、小林秀雄が、非合理的で、非科学的、つまり、支離滅裂な文章しか書けない人であるということのようです。彼等は、小林秀雄の文章が、理解できない理由が、自分の思考力の欠如、あるいは文学的、芸術的感受性の欠如とは、考えたくない人達です。彼等は、小林秀雄が理解できない理由と原因は 自分にはなく、小林秀雄の方にあると考えて、「小林秀雄批判」を開始し、「小林秀雄嫌い」を公言することになります。今、手元に資料がないので、引用出来ませんが、私が 、これまでに、読んだ限りでは、そうでした。間違いないと思います。たとえば、丸谷才一は、小林秀雄の文章は、非合理的でデタラメだから、大学入試問題から排除せよと主張し、それに多くの文化人や学者、官僚等が賛同し、同調したらしく、その影響もあってか、小林秀雄は、大学入試問題から消えました。小林秀雄が、大学入試問題の常連リストから消えようと消えまいと、そんなことは、どうでもいいのですが、「小林秀雄問題」として象徴的な事件でした。私は、高校生が、一番多感な時代に、小林秀雄を読まなくなった事に、現在の日本、及びに日本人の「思考力の低下」と「思考停止」の根拠の一つがあるのではないか、と見ています。他にも、小中学校の国語教科書から、夏目漱石森鴎外等が「難解だ」という理由から消えているそうです。それも、日本人の「思考力の欠如」の原因になっているのではないか、と思います。言うまでもありませんが、不思議なことに、この「小林秀雄嫌い」を、堂々と公言し、「小林秀雄批判」を繰り返す人々を、私は、文学的にも、思想的にも評価出来ません。だから、ほとんど読んでいません。厳密に言うと 、論争や批判の証拠物件として読むだけです。まともに読むのは 、時間の無駄だと思っています。逆に私が、高く評価する思想家、学者、文化人は、小林秀雄を読み、小林秀雄の影響を強く受けたと公言する人達です。たとえば、吉本隆明大江健三郎江藤淳柄谷行人、秋山駿・・・です。それに、『日本の思想 』で、小林秀雄を批判的に取り上げたにもかかわらず、逆説的に評価した丸山眞男を加えてもいいでしょう。ここには、左翼・リベラル派も 、多数、含まれています。だから、左翼 /右翼は基準にならないと思います。要するに、「小林秀雄嫌い」を公言するひとたちは、小林秀雄の文章が苦手らしく、小林秀雄の文章が読めない人達であり、理解できない人達であるように見えます。私は、それも、その人の自由だし、その人の才能の質だと思います。私は、ただ、気の毒に思うだけです。小林秀雄の文章が読めない、よく理解できないということの理由は、その人の文学的・芸樹的才能、あるいは哲学的、メタフィジンクな思考力の欠如に由来していると思います。たとえば、小林秀雄の世代は、西田幾多郎等の哲学の影響を受けて、「メタフジックな思考」が可能であった世代だと、小林秀雄の弟子を公言した大岡昇平は言っています。あまり、論じられることはありませんが、小林秀雄の文章は、「西田哲学」とも無縁ではありません。正直に言って、小林秀雄の文も西田幾多郎の文も難解です。だから、読んでも理解できないというのは、当然、ありうることです。私は、好き嫌いはあると思いますが、やはり日本人は、西田幾多郎小林秀雄程度は、理解できなくても、一度は、読むべきだと思います。こんな難解な文章を書く日本人もいるんだということを知るべきです。それが、日本人の「思考力の回復」、あるいは「日本復活」にも、繋がると思います。本も読まず、パクリとモノマネばかりで、キャチフレーズの同語反復を繰り返すネット右翼や、甘ったれたイデオロギー的言論を繰り返す左翼・リベラルだけでは、いつまでたっても、日本は堕落、沈滞、沈没していくだけです。さて、今日も、これから朝の散歩に行ってきます。今日は、川向こうにある、先祖代々の杉山に行ってみます。山といっても、国道から脇道にそれ、橋を渡って5分、すぐ近くです。そこに岩の割れ目で出来た、小さな洞窟があり 、美味しい水が湧き出して来ます。その水をペットボトルに汲んで来ます。それを沸かして、コーフィーを飲んだら・・・。


小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう(10)。

以下は、コロナ禍でオンライン講義になり、必要になったために、急遽、拵えた学生向けの「講義ノート」の一部ですが、一般にも、公開しているものです。分かりにくい表現や言い回しが、多々、あるかもしれませんが、ご承知おきください。さて、前回までは、『様々なる意匠』の「1」の部分を読んできました。今日から「2」の部分にはいります。「2」の部分の文も、思考が凝縮され、短文に圧縮されているが故に、なかなか分かりやすくはありませんが、まず、読んでみます。
《文学の世界に詩人が棲み、小説家が棲んでいるように、文芸批評家というものも棲んでいる。詩人にとっては詩を創る事が希いであり 、小説家にとっては小説を創る事が希いである。では、文芸批評家にとっては文芸批評を書く事が希いであるのか? 恐らくこの事実は多くの逆説を孕んでいる。》(小林秀雄『様々なる意匠』より)

一回読んで、すぐ分かりますか。分からないでしょう。分からないのが当然です。小林秀雄が、熟考に熟考を重ねた上に、自分のデビュー作となる作品の切り札的な、一つの宣言(マニフェスト)となる文として書いた文なのだから、簡単にわかるはずがありません。私は、文学であれ、科学であれ、重要文書や重要史料類を読む時は、受験生が「難問・奇問」に取り組む時のように、分からないことを前提に、分かるまで、ねじり鉢巻で、何回でも、繰り返し繰り返し、取り組むべきだと思います。「自分がわからないのは、問題そのものが悪いんだ。問題が間違っているんだ」と言う人がいたら 、その人は、天才か馬鹿か、どちらかです。最近は、分からないと、目の前のテキスト自体が間違っている、分かりやすく書き直せ、などと言い出すような「思考力低下」「思考停止」の時代ですが、私は、そういう風潮には反対です。もうお分かりの人もいるかもしれませんが、小林秀雄の『様々なる意匠』の冒頭部分の文を読みながら、学生たちに、私が言いたいことは、「この世に分かりやすい問題など何一つないのだ。分からなくて当然なのだ。我々が、今後、取り組むべき問題は、『 分からない問題』なのだ。『分かりやすい問題 』ではない。」ということです。「あれ」、と思う人もいるでしょう。実は、小林秀雄自身が、『様々なる意匠』の冒頭の第一行目の文で 言ったことなのです。小林秀雄は、こう言いました。
《 吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない。》
我々が、立ち向かうべき問題は、「わかる問題」や「分かりやすい問題」ではない、「分からない問題」「答えの見つからない問題」「歯がたたない問題」です。「分からない問題」「答えの見つからない問題」「歯がたたない問題」に挑戦し続けているうちに 、これまで、解けなかった問題も、解ける時が来るのだと思います。さて、詩人、小説家、批評家の「差異」についてですが 、これを理解するために、ひとまず、江藤淳の『小林秀雄 』を見てみます。江藤淳は、画期的な名著である『小林秀雄 』論で、次のように書いています。
《 人は詩人や小説家になることができる。だが、いったい、批評家になるということはなにを意味するであろうか。
》(江藤淳小林秀雄』)

江藤淳は、小林秀雄の言葉を 、分かりやすく言い換えているということが出来る。《 人は詩人や小説家になることができる。だが、いったい、批評家になるということはなにを意味するであろうか。
》。



小林秀雄の『様々なる意匠』について話をしよう(11)。

『様々なる意匠』の読みを続けてみます。小林秀雄は、続けて、やや具体的に、それでも抽象的な表現ですが、次のように書いています。

《「自分の嗜好に従って人を評するのは容易な事だ。」と人は言う。しかし、尺度に従って人を評する事も等しく苦もない業である。常に生き生きとした嗜好を有し、常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである。 》

ここには、一見、単純素朴なことが書かれているように見えますが、常識的思考しか出来ない学者や文化人 、あるいは一般庶民にとっては、かなり難解なことが書かれています。私は、ここを読んで、小林秀雄って「凄い奴」だと思いました。なかなか、こういうことは言えないものです。要するに、こういうことです。好き嫌いで、ものを判断するな、もっと客観的、理論的な尺度に基づいて判断しろ・・・というのが、よく聞く台詞です。小林秀雄は、そういう、学者や知識人、文化人たちが好む、一見、もっともらしい意見を、激しく批判、攻撃します。好き嫌いで(嗜好)判断するのも、客観的な 尺度、理論的な尺度、科学的な尺度に基づいて判断するのも同じじゃないか・・・と。むしろ、好き嫌いで、物ごとを判断し、好き嫌いで物を言うことこそ大事だといいているように見えます。「嗜好」という好き嫌いの感情は、どちらかと言えば、自分の内部から湧き出てきた自然で、内発的なものです。自分の内部から湧き出てきた「嗜好」をこそ大事にせよ、と。それが、「しかし、尺度に従って人を評する事も等しく苦もない業である…」という言葉に込められています。今でもそうですが 、多くの学者や知識人、文化人が、あるいは彼等に洗脳された一般庶民が、無意識のうちに考えるような客観的、科学的、合理的な方法やデータを根拠にする思考法を、小林秀雄は、否定します。